人はなぜ感情を表現したくなるのか。 その理由を知り、感情の欲求を満たすことで、 無意識の不安を解消しよう。
ふと目を通した記事。主題は上に引用した文のようなもの。でも僕は主題とはちょっと離れたポイントに言及している箇所で、がぜん興味が高くなった。長くなるがその箇所を引用してみる。
伝えたいという欲求は、 表現したいという欲求(表現欲求)と、 確実に伝わったことを知りたいという欲求(確認欲求)に分かれます。 例えばあなたが、仕事上の問題で上司に怒られたとします。 そのときわき起こった感情(悔しさ、怒り、情けなさなど)を 同僚に話し、不満をぶつけたとしましょう(表現欲求)。 もしその同僚に 「上司が怒るのは、君にも落ち度があったのじゃないの。 最近君は集中力が足りないよ」といわれたとしたら、 あなたは自分の気持ちが同僚に伝わったとは 感じないでしょう(確認欲求の不満足)。 そうではなく、 「あの上司は気分屋で困るよなぁ。 もう少し努力の過程を認めてほしいよな」などといわれたら、 ここで初めて表現欲求も確認欲求も満たされ、 感情の伝達欲求が満たされたことになります。 もちろんこの場合も、 上司に怒られた悔しさ、怒り、情けなさの感情そのものが 消えてなくなるわけではありません。 しかし表現をしなければ、 感情の伝達欲求が満たされないことで、 (略) 感情のプログラムそのもの、 特に不安のプログラムを活性化させる悪循環に陥るのです。
つまり、自分が聞き役の場合、相手の意見に対していきなり正論や見解を述べるのではなく、まず最初には相手の言ったことを繰り返すとか要約するとかいったことをすると話が弾む、ということだろう。なぜならそうすることで、相手は「私が言ったことが正しく理解されている・伝わっている」という安心感を抱き、それが信頼感につながるからだ。
この手法はコミュニケーションスキルとしてはかなり初歩のノウハウで、多くの書籍や講座で紹介されていることだと思う。しかし初歩スキルとされているにもかかわらず効果には絶大なものがあるのだから、これはやらない手はないだろう。
話し上手は聞き上手、とは本当によくいったもので。素晴らしい格言だなと思う。
あけましておめでとうございます。ゆりっぺです。 今年もどうぞ、よろしくお願いいた
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本当にそのとおりですよね。まずは受け入れることから信頼関係が始まる。
たとえば、パソコンを教えるボランティアをやったり、営業としてお客さんのところを訪れるとき、自然に「聞き上手」という状況を作り出すことができます。それは、相手のことを知らなければ、よりよいサービスができないからです。
でも、相手が上司だった場合、「自分のことをわかって欲しい」という気持ちが先にたってしまって、「聞き上手」になれないんですよね。
いつでも、相手のことを理解する姿勢になりたいものです。
あー、相手が上司というのは難しい状況がありそうですね。僕も経験がありました。
その上司はいわゆるパワーハラスメント系で聞く耳持たない人だったので、なにをやっても無駄でした。大変につらかったです。
ああいう人たちは、一方的なコミュニケーションで満たされてしまうような気がします。というか本人は自分の意見が伝わった気でいる(→だから満たされている)のでしょう。その実は言いっ放しかつ相手を傷つけているだけなんですが。
こういう状況を打破するには、初歩ではなく相当難易度の高いコミュニケーションスキルが必要になるのかも知れません。