三島が大蔵省に勤めていた時、 その文才を買われて 大蔵大臣の国会答弁の原稿を頼まれたことが 何度かあったが、 いずれも簡潔明瞭すぎて、解釈が1通りしかできず、 没にされた (官僚界の常識として、 話の内容を幾通りにも解釈できるようにして できるだけ言質を取られないようにする、 というのがある)。
僕もこれと似たような経験を何度もしている。僕はいつもシンプルでいたいがそれを毛嫌いする人がいる。実にやるせない気分になる。
ここで柔軟に対応するのが大人なのかもしれない。ならば僕はずっと子供のままだろう。損することはあると思うが、信条に背いて生きるよりもずっと精神的にはマシなので、それでいい。
かつて近田春夫が言ったことが胸に残っている。原文ママかどうか自信がないけど、こんな感じの発言だった。
俺はね! 16歳のときの自分に嫌だと思われるようなことを 絶対にしたくないの!
ものすごく同感する。そして僕自身を省みたとき、いろいろなことはあったけれど、このセンだけはずっと守ってこれていると思える。そしてこれからもずっとそうありたい。